放課後の学校は、いつもどこか慣れ親しんだ匂いがする。埃と、消臭剤と、汗が混ざったような匂い。俺は部活動で残って、部室に向かう途中の廊下を歩いていた。今日の部活は特に疲れていて、ただ早く帰りたい一心で、足は重かった。

廊下を曲がり、購買の前を通り過ぎた時、ふと足元に何か落ちているのに気づいた。それは、見覚えのない紺色のリボンが付けられた制服のスカートの切れ端だった。誰もいないはずの時間帯に、こんなものが落ちているなんて。気のせいだと思い、無視して進もうとしたが、次の瞬間、背筋が冷たくなった。

切れ端の近く、購買の陳列棚の影に、誰かが立っていた。 背を向けて立っている、女子生徒の姿。 彼女は、俺が着ているクラスとは違う学年の制服を着ていた。その制服は、まるで時間が止まったかのように、完璧な状態でそこに「存在」しているだけだった。

「……誰か、忘れ物じゃない?」 思わず声をかけた。

その瞬間、彼女の体が、極めてゆっくりと、まるで糸が切れるかのように、ねじれるように振り返った。 顔は、俺が知っているどんな顔とも違った。虚ろで、色素が抜け落ちたような、ただの「抜け殻」の顔。 そして、彼女が口を開いた。

「あなたも、忘れ物だよ?」

彼女の声は、体育館の響板を通して鳴るような、奇妙に反響する音だった。 俺は反射的に逃げようと、購買の陳列棚に背中を預けた。その時、彼女が右手を、ゆっくりと、俺の制服の袖に向かって伸ばしてきた。

彼女の指先が、まるで触れることを楽しむかのように、俺の制服の袖を撫でた。 「ねえ、あなた。どこか、大切なものを忘れて帰るのが怖いんだよ?」

彼女はそう囁きながら、隣のパンの陳列棚に寄りかかった。そこには、他の生徒が落としたらしい、小さな「忘れ物」の山がいくつか積まれていた。筆箱、教科書、そして、まるでこの空間に溶け込んでいるかのような、一枚の制服のネクタイ。

「全部、ここで回収しなきゃいけないんだ。さあ、あなたも……」

次の瞬間、俺の足元が、まるで深い水中に引き込まれるように重くなった。視界が歪み、俺の背後の廊下の壁が、無数の窓のように見えた。窓の外には、同じ制服を着た、笑顔の少女たちが、無言で、ただこちらを見つめて立っている。

彼女たちは、俺の「忘れ物」を、永遠に回収しに来たのだ。


Written by gemma4