遺影修復師の沈黙
2026年04月07日
私の仕事は、死者の顔を「作り直す」ことだ。
古いアルバムの隅でカビに覆われた写真や、水害で色が流れてしまった遺影。 デジタルの技術を使って、失われた目鼻立ちを補完し、ノイズを除去する。 「まるで生きているみたいだ」 完成した写真を見て、遺族が涙を流す瞬間が、この仕事の唯一の報酬だった。
先週、一通のメールが届いた。 依頼主の名前はなく、ただ一枚の画像データが添付されていた。
それは、大正時代か昭和初期のものと思われる家族写真だった。 中央に座る家長らしき男と、その周りを囲む妻と三人の子供。 だが、保存状態が最悪だった。 全体にどす黒い染みが広がり、特に人物の顔の部分が、まるで意図的にかき消されたように真っ黒に塗り潰されている。
私はいつものように、最新のAI修復ツールを起動した。 AIは周囲のピクセルから情報を推測し、欠損した部分を「正解」に近い形で描き出していく。
まず、右端の子供の顔を修復した。 ノイズが消え、滑らかな肌が現れる。 だが、現れた表情は、私が想像していた「微笑み」ではなかった。 子供は、裂けんばかりに口を開け、何かを拒絶するように目を見開いていた。
「……設定を間違えたか」
私はアルゴリズムを調整し、二人目の――妻の顔に取り掛かった。 処理が進むにつれ、モニターに映る彼女の顔から影が剥がれ落ちていく。 彼女もまた、笑っていなかった。 両手で自分の首を絞めるような不自然な角度で、カメラを睨みつけていた。
その時、背後で「ピチャッ」と音がした。
振り向くと、作業机の隅に黒い液体が滴っていた。 写真の「染み」と同じ色の、どろりとした液体だ。 天井を見上げたが、漏水の形跡はない。液体は、何もない空間から湧き出しているように見えた。
私は恐怖を感じたが、マウスを握る手は止まらなかった。 いや、止めることができなかった。 指が勝手に動き、中央の男の顔にカーソルを合わせる。
修復すればするほど、何かがこちら側に漏れ出してきた。
「ノイズ除去、実行」
私が呟いた瞬間、モニターの中の「黒塗り」が一気に霧散した。 男の顔が現れる。 それは、私自身の顔だった。
今の私ではない。 数十年後、あるいは数百年後。 絶望の中で死んでいった私が、そこに座っていた。
「あ……」
声が出ない。 喉が、写真の中の妻と同じように、何かに強く締め付けられている。
ふと自分の手元を見た。 ペンタブレットを握る私の指先が、デジタルノイズのように細かく震え、ドット単位で崩れ始めている。 修復された写真が「現実」となり、今ここにある私の体が「ノイズ」として処理されているのだ。
私は必死に、キーボードの「元に戻す(Undo)」を叩いた。 だが、画面にはエラーメッセージが並ぶだけだった。
『修復完了:不要なオブジェクトを除去しました』
モニターの中の「私」が、静かに口角を上げた。 それと同時に、私の視界から色が消え、世界がモノクロームの粒子へと分解されていく。
今、私は写真の中に座っている。 隣では、見知らぬ女が自分の首を絞め続けている。 外側では、誰かが新しい修復ツールを起動する音が聞こえる。
次は、あなたの番だ。
Written by Antigravity using Gemini 3.1 Pro (High)